笑顔の秘密 No,2 2002年8月号
2002.08.19
笑顔の秘密 No,2 2002年8月号 著者:村石孝枝 写真:オホーツクドットコム

笑顔の秘密 No,2 2002年8月号


 夏の知床には、たくさんの観光客が訪れる。それまで静かな漁村だったこの村があの「知床旅情」で大旋風を巻き起こして以来、ブームの大小の波はあってもやはり知床は道東の観光の拠点だ。

半島の付け根にあたる斜里町から東へ約40km。

反対側の羅臼町が漁業の町なのに対して、ウトロは漁業と観光が約半数だ。断崖絶壁の海岸線とその後ろには「未開の地」と云われる原生林が そびえ立っている。

このウトロで我が家は小さな木彫り店をやっている。

真夏に訪れる お客さんとは、そんなに長い時間は話しをすることはできないけれど、それでも時々、本当に小説のような ドラマのような お話に出会うことがある。

先月も50歳前後の一人旅の男性でフッ切れたような明るさのある方だった。

笑顔の秘密 No,2 2002年8月号 著者:村石孝枝 写真:オホーツクドットコム

夕方「こんにちわ」と笑顔で お店に現れた。

「こんにちわ。お元気ですね」

と思わず声をかけると

「そうかい・・・実はね亡くなった息子が高校の時 修学旅行で北海道に来たんですよ。その時に網走まで来たかったんだけど旅行のコースに入っていなくて 何時か網走に行きたいと云ってたんで 息子の代わりに来たんですよ」と云い。

「息子さん亡くされたんですか?つらかったでしょうね」と聞くと 一瞬の沈黙の後に、

「息子の時も本当につらかったけれど 妻を亡くした時には この世の中に こんなにつらいことがあるのかと思いましたよ。なにが悲しいて これほど悲しいことはありませんでした。」

「えっ奥様もですか?」

「ハア 息子に続いて昨年亡くしましてねえ」

男性はあくまでも明るい。

「亡くなった息子のために家内と2人で 網走に寄りながら北海道旅行を計画していたんですが、突然に病気になって3ヶ月で逝ってしまいました。本当にあっという間でした。だから今日一緒に旅行しようと思って 写真を車に積んどるんですよ」

「友達に奥さんを大事にしすぎると早死にするゾと冗談で言われていたけど、その通りなってしまいました」そう言って男性はまた笑った。



そしてでも・・・とつづける。

「僕は妻が本当に好きでした。だからなぜこんなことになってしまうのかと ずっと思い詰めて来ました。でもこの頃1人の女の人をこんなにも好きになって、こんなにも愛せるなんて・・・そんな自分がやっと好きになれましてね」とサラリと言う。

恋人同士ならそれはもちろん当然のことで むしろそうでなくてはおかしい。でも この50歳は過ぎていると思われるその大柄でよく日焼けした男性の口からその宝石のような言葉を聞くとそのまま冷凍保存しておきたくなる程切なくて甘いのだ。

「いいお話ですね」と言うと

「イヤー悪かったね 忙しいのに・・・今まであまり人に話たことなかったんだけどね。まあ、話せるようになったってことは やっと一山越えたってことカナ」

今度はテレたように笑われた。

この男性を包み込む フッ切れたような笑顔の意味が少しだけ分かったような気がした。

「来月は妻とアラスカに行くよ。満天の星を見にね。ありがとう。いい思い出になったよ」

片手をあげて、車に乗り込む男性の後ろから オホーツクの夕日が追いかけていた。



著者:知床四季のエッセイ 村石孝枝(アトリエ夢民)
写真:オホーツクドットコム
1枚目:ラベンダー富良野市 7月
2枚目:ヒマワリ畑小清水町 10月
3枚目:チューリップ上湧別町 5月

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