約束 No,14 2003年8月号
2003.08.21
約束 No,14 2003年8月号 知床四季エッセイ 著者:村石孝枝 写真:オホーツクドットコム

約束 No,14 2003年8月号


 朝起きて すぐにキッチンの窓を見ると ドアから2メートル程離れた草むらに 小鹿が寝そべっている。

 鹿は毎日 庭にいるけれど こんなにも近くで しかも静止している状態で見るのは珍しい。

 どうしたのかなあと思い そっとドアを開けた。「あら! あなたはいつも お母さんと一緒に来ている小鹿でしょう。いつかは 私の大切に育てた 黄色いバラのつぼみを食べてくれたわね」と あの時の くやしさがよみがえるのを グッとこらえた。

 それにしても そばに近寄っても ただ ひたすら 濡れたような瞳をこちらに じっと向けるだけで 「ここに座り込むことを決めた」という意思のようなものさえ感じとれた。

 ときおり 耳をピンと立てて あたりを警戒しているのがわかる。「朝早いから まだ寝たいんじゃないの」と娘が言うので しばらく 様子みていたが 昼近くになっても 時々寝返りのように 体の向きを変えるだけでまったく動こうとはしない。

 いつもなら お母さんに 背中ををペロペロなめてもらったり おっぱいを飲んだりしながら 好きなところで 好きなだけ 草を食べていたのに今日は自分の首が 届く範囲の草を静かに食べている。

 いたずら盛りの子供が 病気になって 寝込んだりすると「ああ やっぱり 少々うるさくても 元気が一番」と思うが なんだかこの小鹿をみていると そんな気持ちになってくる。

 普段は鹿など あまり関心を示さない娘も ただならぬ様子に「この鹿 病気なんじゃない。きっと動けないんだよ」と言う。そうかもしれない。食欲もないし。立ち上がれない程衰弱しているのだろうか?

 でも そういうふうにも見えない。

約束 No,14 2003年8月号 知床四季エッセイ 著者:村石孝枝 写真:オホーツクドットコム

もしかしたら ケガでもして足を骨折している可能性もある。いろいろな想像をしてみたが
「とにかく 今夜一晩 このままだったら 明日の朝 自然センターに連絡して保護してもらおう」と娘と話していた。

 ところが しばらくすると突然に「キ~ン」と 鹿の鳴き声がした。すると 小鹿の耳が勢いよく ピンと立った。
その瞬間 今までしっかりと たたんでいた前足を立てて立ち上がり鳴き声のする方向へ 一目散に駆けていってしまった。

 あまりの速さに何がおこったのか わからずにいたが 小鹿は丘の向こう側に走り着いて お母さんと会えて うれしそうにしている。

そうか 今の「キ~ン」という鳴き声は お母さんが小鹿を呼んだのだ。だから小鹿は 耳を立てて お母さんの声を1日中待っていたんだ。

 母鹿は きっと
「お母さんは お出かけするけど ここで待っているのよ。ここは熊もキツネも こないから安全よ。用事を済ませたら 必ず戻ってくるわ。だから どんなことがあっても 絶対に動いてはダメよ。帰ってきたら あの丘の上からあなたを呼ぶからね・・・」とでも 言い聞かせたのだろうか。

 小鹿が座りつづけたところだけ草が倒れて 鹿形サークルができている。「あーあ でも何かが違う!」

 私は苦笑いするしかなかった。



著者:知床四季のエッセイ 村石孝枝(アトリエ夢民)
写真:オホーツクドットコム
1,2枚目:チミケップ湖津別町 8月

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